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ドキドキしながら乗り込んだマヌス。
約2年間、わたしの本拠地となったPNGのLAST PLACE。
とうとう離れるときがやってきた。
2年の間には、帰りたいと心の底から思ったこともある。

しかし、今思うことは、

「ここを離れたくない。
 日本に帰りたくない。」


嘘でも飾りでもない。
我が任地、パピタライ。
静かで、安全、人は良い、自然いっぱい、なんでもフリー・・・
あげればキリがない。

土曜の夜に、同僚の先生たちが送別会を開いてくれた。
こういう会はいつも集まりが悪いので期待せずに行った。
そしたら、学校に残っていた先生のほとんどが来てくれた。
おみやげをもらったり、
プレゼント

名前入りの手作りケーキに包丁を入れたり、
ケーキ

食いきれないほどの料理があったり。
料理

最後に集合写真。
先生

考えてみれば、はじめての集合写真が最後の集合写真となった。



そして、月曜日。
とうとうパピタライから離れてしまうときがきた。
朝から、荷物整理と掃除をしていると、生徒や周りの人たちがたくさんやってきてくれた。
シスター

約2年間まるまる教えていた生徒たち。
女性と
「行っちゃうのは寂しいよ」
と言われたら、そりゃあ泣きたくもなりますわ。


準備を整え、校長先生の運転する車に乗り込む。
村を運転中は、クラクションを鳴らしっぱなし。
その音で次々に家から人が道路にやってきて、手を振ってお別れをしてくれた。
道路まで走って見に来てくれる人たちを見たら、思わず手がちぎれんばかりに振りかえしてしまう。


空港での集合写真。
空港

これだけ多くの人が空港までわたしの見送りのためだけに来てくれた。
送られる当の本人が一番びっくりしたはず。
飛行機が来るまでの2時間、いろんな人とお別れをした。
何人の人と別れの握手をしただろう、ハグをしただろう。
飛行機に乗り込む階段をあがり、最後の段の上で振り返りみなに手を振る。
なんかこんなシーンどっかのニュースで見たことあるなとふと思う。

飛行機が飛び立つのを見送るために駐車場に残った車はたった一台。
それは先生と生徒を乗せた車だった。
マジかっ!!
ありがとうと伝えたくても伝えられない。
こっちからは見えるのに向こうからは機体しか見えていないはず。
あの光景は、なにがあっても忘れられないだろう。
最高の思い出を残してマヌスを後にした。


現在は首都滞在中。
マヌスにはずっと居たくても、首都にはちっともいたくない。
それだけの違いがある。

そして20日にPNGから飛び立つ。
日本への準備開始・・・


本日から一人だけでダイビング開始。
最後のパプアを満喫して帰ろうと思います。
今日もわたしは元気です。
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2013.06.11 Tue l PNG l コメント (2) トラックバック (0) l top
日本人って進んでる。
そう思ってます?
わたしも思ってました。
だけど、勘違いでした。
「日本」って国がトータルで見て、今の段階で進んでいるだけで、個人を見たら遅れているんですね。
感覚的なことなので、詳しくは聞かないでください。


パプアニューギニアってどこ?
まだ人食い族がいたり、裸族がいるとこでしょ的に思っていませんか?
(確かにいることはいるんですが・・・)
そんな風に思って、まったく別の世界だと考えていたら痛い目にあいますよ。
今、PNGはものすごい勢いで成長しているんですよ。
技術がなくたって、天然資源がありますから。
今はオーストラリアや中国のいいようにされていますが、PNGからいい人材が出てきたら化けるかもしれません。
そのうち日本が頭を下げて貿易をする日が来るかもしれません。

何が言いたいかって、広い視野をもちましょう的なことですかね。


最近思います。
PNG人より、原始的な生活になってるなって。
別にPNG人を下に見ているわけではないです。
生活スタイルを現代的、原始的にわけたとしたらです。

ちょっと外に出るくらいなら、上半身裸に、素足で出ます。
立ちションだってそこらへんです。
鼻水も手でかみます。
雨水が一番おいしい飲み物だと感じます。
お風呂だと言って、海水で体を洗います。
10キロくらいなら、車じゃなく歩こうかなって思います。

お金を使うのは月に4回だけです。
携帯は携帯しません。
メールチェックもしても2日に1回くらいです。
今年までoffice2003を使ってました。
今年i-Padでタッチパネルデビューしました。
テレビもラジオもありません。
もちろんネットもほとんど使いません。

何が言いたいかって、PNGは過ごしやすいってことですかね。
こういうとこで一生のんびり暮らせたら、幸せだなって思います。
そういう人生を本気で考えちゃいますね。
そこらへんにある島ならたぶんわたしでも買えると思います。
問題はやっぱりさみしいってことですかねw


さて、今日は思ったことを書いてみました。
このブログも不定期で、しかも文体もいろいろ変わってよくわかりませんねw
いつも読んでいただきありがとうございます。
これからも残り50日くらいのPNG生活をお届けしますのでよろしくお願いしたいところです。

今日もわたしは元気です。
2013.05.02 Thu l PNG l コメント (2) トラックバック (0) l top
昨日、ちょっとトラブルに巻き込まれた。
ほんとちょっとしたことなんで心配には及ばない。
10分ほど駐車場で、もめていたら、警察がやってきた。

車には7人ほどの警察官。
みんなプロレスラーみたいな猛者ども。
なんかわたしたちの周りをうろうろしはじめた。

注目すべきは、何もしないということ。
わたしのそばによってきて、握手をし。
またブラブラ。
知り合いを見つけたらしく、世間話をし、またブラブラ。

そして、
「じゃあ帰るね」
って言って、何もしないまま帰って行こうとした。
車に乗り込む前に、彼らはわたしに寄って来て、
「ちょっと買いたいものあるから、金をくれ」
と言って、手のひらを差し出し、要求してくる。

解決を促してくれたり、仲介してくれたならまだしも、
彼らは何もしてない。
しかも、彼らが帰ろうとしたそのときはまだ解決すらしていない。
彼らは無視して帰ったのだ。

考えられへん。
こんなんだから、パプアは危険だと言われ、女性が近寄らないのだ。
植物や動物たちのパラダイスかもしれないが、
それとともに犯罪者たちにもパラダイスなのかもしれない。
国民の意識が変わってくれることを心から願ってやまない。


最近前髪が目に入って邪魔でしかたありません。
人生で一番髪が長いかもしれません。
あと2か月どうしようか考えてます。
何か意見があれば。

今日もわたしは元気です。

2013.04.20 Sat l PNG l コメント (0) トラックバック (0) l top
生徒ともにちょっとしたお出かけをしてきた。
わたしがいるマヌスには太平洋戦争中に日本軍とアメリカ軍が基地を張っていた。
その名残がいたるところにあることは何度も書いた。
今回は、マヌスにある日本人戦没者の慰霊碑に行ってきた。

一緒に行った生徒は、授業を持ったこともなければ担当の学年でもない。
だけど、こないだタウンで会った時に行こうと約束していた。
その子がカヌーで迎えに来てくれ、それに乗り込み出発。
約15分のカヌー、そして30分ほどの徒歩。
雲ひとつない快晴の中、汗を大量放出しつつ目的地へ。

以前、アメリカ軍の慰霊碑はこのブログのどっかに書いた。
かなり長い間放置されていて、遊び場的になっていた。
終戦記念日に日本人遺族団が来たという話を聞いたことが何度かあったので、日本のものはきれいにしてあるのかと想像していた。

そんなことを考えながら、ブッシュの中を歩く。
ようやく見えた。
hiki

海岸にひっそりと、なおかつ存在感を出して鎮座していた。
ちょっとした雰囲気を醸し出していた。

なのに・・・
近づいてみてがっかりした。
graffiti

いたずら書きがしっかりとされていた。
しかもはっきりと2012と記されている。
今年の出来事だ。
ものすごく残念な気持ちになった。
こんな気持ちこっちに来てから何度となく味わってきた。
しかし、今回はレベルが違う。

今年は来なかったが、日本からこのために来る人もいる。
その人たちがこれを見たら、どんだけがっかりすることか。
しかし、わたしも逆の立場になりうる可能性はいろんなところである。
肝に銘じよう。

石の上に書かれた文字って簡単に消えます?
どうやったらこれって落とせます?
なんかありましたら、教えてください。

世間はすっかりクリスマス??
どうやら今年は誰にも会わないロンリークリスマスになりそうです。
教会にでも行ってみようかしら・・・
今日もわたしは元気です。
2012.12.23 Sun l PNG l コメント (2) トラックバック (0) l top
以前より、難民センターの話をしていましたが、その追記です。
先日、新聞を読んでいたら今週末にいよいよ収容を開始するということでした。
つーこんで、ちょっとチェックしに行ってきました。
そしたら、わたしの見た目には全然準備は整っていませんでした。
日本人の目からしたら、住めるような環境じゃないかもしれないけど、もしかしたら完成しているのかもしれません。
しかし、トラックの荷台から、ちら見程度だったのでよくわかりません。
予定通りにいくのでしょうか。

現場は、オーストラリアの軍隊がキャンプを張っていて、テントの数だけ見れば100人以上いたのではないでしょうか。
そのほかにもPNGの軍隊、本島から連れてきたセキュリティーやオーストラリア政府の人間などなどを含めての話ですが。
ただの門番ですら、首都から連れてきたっぽいです。
わたしの島にはないセキュリティ会社の制服を着ていました。


現在、わたしのいるところは赴任してきてから一番盛り上がっています。
まず、空港。
他の隊員の任地は毎日1便以上飛行機があるのに、わたしのところは週に5便だけ。
つまり、1週間で5機しか使わない。
しかし、今は一日で5機以上使っている。
それもほとんどが軍用機。
軍の補給機やらなにやらごついのが次から次へと空港にやってくる。
学校が空港に近いから来たらすぐにわかる。
そのおかげで、以前は飛行機が通るたびに授業が止まったのに、一日に多くが飛ぶもんだから、生徒たちは飛行機に無関心になってしまったw
オーストラリア軍も空港で、キャンプを張っているので、一種の観光スポットになっている。

そして次は建設現場。
先述したとおり、お客さんがいっぱい。
ほしたら、その村がめちゃくちゃこぎれいになっていた。
何度も行ったことあったけど、草ボーボーの村だったのがきれいに刈られていた。
そして、民家も庭をきれいにしていた。
お客さんが来るって言うときのPNG人のこういうの好き。

そして次は町。
週1回の買い出し。
そのときにPNG軍やオーストラリア軍の迷彩服を着た人たちが目立つ。
そして、そのなかのオーストラリア女性に目を奪われる。
わたしより体格がいいんだけどねw
このまま軍隊が常駐してくれれば、町も少しは平和になってくれるのになぁ・・・
真昼間でも外に出るのがコワいなんておかしくないっすか??

今回のこの計画。
わたしの島がOKを出すために条件を出していた。
・工事は島のものにさせる。
・島の道路などのインフラを整える
・資金援助
などなど。
しかし、パプア人に任せていたら工事が進まない。
って言って、オーストラリア人が工事をしている。
しかも軍の補給機から食料なども来ているから、わたしの島は特に恩恵は受けない。
インフラ整備よりもまずオープンさせることに集中している。
などなど、最初の話と違う。
とちょっと、いざこざはあるようです。
本当に今週末に収容が開始されるのかも含めて今後はどうなっていくのでしょうか。

写真撮れればいいんですけど、カメラを構えた瞬間に撃たれても困るんで絵はなしですw
今日もわたしは元気です。
2012.10.26 Fri l PNG l コメント (0) トラックバック (0) l top
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